昭和四十九年三月十日 岩井憲一五年祭の御挨拶
もう岩井さんが亡くなられて、五年の月日が流れたわけです。私共から言うと、「ああもう五年祭」だけれども、千恵子さん本人にとっては、随分苦しい五年間だっただろうと思うし、やはり霊様とても大変な御修行の五年間だったと思うですね。
そのことを今日、お花が一杯入れてある、中心に、黄な水仙がね、黄な水仙が一杯頂くんです。その霊様のね、現在の状態だと私思わせて頂いたんですけれども、黄なということは、おかげになるかならないか、真ん中という時なんです。これがだから赤なら赤という信心熱陽加えられると、そこに黄なと赤との素晴らしい色が、安心の色ともなって行くようなおかげになる訳なんですけれども、水仙と言うのはね、お恵みということ。仙はあのにんべんに山、仙人の仙、言うなら人間が例えば、私共が信心さしてもろうて、「死したる後神になり、神に祭られることを楽しみに信心せよ」とおっしゃる。言うならば、仙人ということは、人間離れのしたという意味でしょうけれども、そういう意味のことだと思うんですけれども、本当にわが心が神になり、神に祭られるということを楽しみに信心させて頂いておる。それの丁度真ん中の所にあるという感じ。
例えば、映画なんかを観ると、白黒の映画なんかで観ると特にそうなんですけども、朝なら朝という雰囲気が画面に出ただけでは、はあこれは、朝日でも出とれば朝ということが判るけれども、まあだ日の出る前の、朝方の景色というものは、こりゃ朝方か夕方か分からん。けれどもそこに、鶏なら鶏の鳴声をこう入れますとね、コケコッコーと言うてその鶏の鳴声を入れただけで、それは朝が近付いておる情景だなということが判る、判るともう、それが本当に朝のように見えてくるでしょう。夕方なら夕暮でも同じことです。ただ夕暮の情景だけでは夕方は判らないけれども、蜩なら蜩が鳴きますと、あ夕方の情景だなと思うと、もうそれはそのまま画面そのものが、はあ夕方だなと信じれれるようになったり、見れれるようになるように、お祭または霊祭というのは、私はそういう働きをする一つの演出だと思うね。
霊様が、それこそ甘菜辛菜、様々のお供え物もお供えさしてもろうて、「霊様があれが好きじゃったから、こういうものが喜ばれておったから」と言うて、思いを尽くし、思いを込めて中心になる遺族は勿論ですけれども、それに親戚中のいわゆる家族親族が集まって、玉串を奉ったり、お礼をさせてもらったりするという、しかもなら、わざわざ先生方もこうやって、普通の着物ではなくて、装束の一つも着けて、または典楽の調べもそのお祭の中に入れさして頂いて、開扉があったり、神饌があったり、お祝詞を読ませて頂いたりとするうちにです。本当に自分の心の中に、普通であったら普通なのです。分からん、朝やら夜やら夕方やら分からんのだけれども、もう初めて五年という歳月が流れた中に、様々なことなんかが思い浮べられて、詫びるところは詫びる。願うところは願う。お礼を
言うところはお礼を言うというような雰囲気がいよいよここに、胸に迫ってくる。それが胸に迫ってくるという、その心が霊様へ通うんです。
ですから本当言うたら、日々こういうような例えば形式をしなくってもです。例えば「夜が明けたら元日と思うて、日が暮れたら大晦日と思うて、日々嬉しゅう暮らせば、家庭に不和はない」とおっしゃるように、私共が日々、夜が明けたら元日と思わせて頂くようなその心が日々嬉しゅうなってくるのだ。その嬉しゅうなってくるその心が、神様に通うんだ。だから、こういう信心が出来とれば言うならばたいね、極端に言うならば、霊祭なんかの必要はないということ。大体は。
日々「今日もこうでしたよ」と例えば霊様とお話し合いが出来るような毎日を過ごさせて頂いて、詫びるところは詫びる。礼を言うところは礼を言う。清まるところは清まって行くという。今日のお花のすべては、その五年間のそういうことが全部、言うなら物語のように入っておるです。あの花の一つ一つの中に。
私は霊様のお祭に限ったことはないですけど、お祭という時には私は必ずお風呂を頂くかシャワーをかかるか致します。別に身体がどうというて、その穢れておるわけでも、汚れておるわけでもなくってもです。やっぱりあの、お風呂へ入れば入ったでそれだけ垢が落ちます。たんびんに落ちます。だけではない。気分がすっきりするんです。そのすっきりする心で、神様へ向かう。例えば、今日は霊様へとの面接というか、交流がそこからね通うのです。信心というのはもう心次第なんだ。だから、そういう元日のような心というか、今日は改まって、服装も替えて、普通は出来ないお供えの一つ
もさせて頂いて、しかも兄弟こう家族親族の者が集まってから、霊様を偲ぶその心が霊様へ通う。
様々な、私共は心に掛かることも、色々そのあります。けれどもその心に掛かっておるものが、例えばなら、お風呂の水を頂いただけでです。スキッとするような気持ちがするように、その時点時点を、霊様へお供えする。その時点を神様へ通う。本当言うたらそれが日々、夜が明けたら元日と思うて、日が暮れたら大晦日と思うてというような日頃信心が出来なきゃいけんのだけれども、なかなか出来んのが私共ですけれどもね。けれども、それに近付いて行くということが精進なんです。その精進こそが、いわゆる神になり神に祭られる楽しみの信心だということが言えるのじゃないだろうか。 今朝からの御理解のように、久留米の佐田さんの所の奥さんが、昨日お届けされたことから、ヒントを得てから、古賀さん所の火事のことを頂きましたがね。もう古賀さん所の火事があってから、もうその翌日から久留米地区の信心がね、何か燃えてきたというか、それがわざわざその佐田さん所に来んでも良いような用件の人が、いわゆる久留米支部である佐田さんの所に集まられる。そして信心話に花が咲く。しかも新しい人が、「お導きしてくれ」「連れて参ってくれ」といったような働きがある。「もう親先生、何とはなしに久留米地区が燃えてきましたよ」と。火事で本当に丸焼になった。あれ程の信心しよってどうしてというとこだけれども、古賀さんは早速翌日お礼に出てきた。その翌日にはもう改まってです。火事が焼けた上にこげなんとお供えまたするなら、損の上に、また損な【 】例えば信心なか者の言うような心持ちでしょうか、あのお礼のお届けに出てきました。
そして今までの信心の間違っておったことをお詫びさしてもろうて、これからは、少しはましな、本気な信心を志さして頂くというて、お礼を申し上げたその翌日、会社の方から熊本で会議があるからというので、電話を掛けてきた。「実はこんな訳でもうてんやわんやしとるから」「けれども、とにかく今日だけは出てくれ」と言うので、この熊本へ行きました。ところが、まるきり私のために、心機一転するために、君のための宴会だというような大きな宴会が、阿蘇山を見晴らすところの大きなホテルであった。それがどういうことかと言うと、古賀信治さんを専務取締役に、言うなら「信心しとれば一段一段位が付くものじゃ」と。「年をとるほど位が付くものじゃ」とこう。「信心しておれば一年一年有難くなってくる」とこうおっしゃるならね、言うところのね、だから私は今日は、信心をしておって、次々と様々なことが起きてくる。信心があっておっても、雨もあれば風もある。
例えばなら、岩井の家のように、まだ結婚して間もない、ようやくまだ子供が細い、それにああいう痛ましい事故で亡くなった。そういうこともやはりあるんだと。けれども、その時点を大事にするということは、今朝の御理解のように、おかげ頂いたら分が良かった。自分の思うようにならなかたら、分が悪かったと、こういうけれども、ただ分が良かったじゃない、これは神様のご都合と頂かせてもらわなきゃいけない。なら、普通では分が悪かったということであっても、神様のご都合。もう神様のご都合ということには、どれだけ広いか深いか分からん。神様のご都合というのは、そこで神様のご都合に違いはない。さあどういうご都合かは判らない。どういうご都合かは判らないけれども、素直に例えば燃えてしまって灰
になった。灰になったということは、そのたんびに素直になった。「はい」という。
合楽の例えばこういう立派な御広前が出来たり、たくさんの財産が出来ておるとするならばです。家も出来た。蔵も出来たとするならばです。その家も蔵も財産も、一切私は神様の前に「はい」と言うてきた。その一言から生まれとるとじゃもん、ここは。「はい」の一言から生まれた。「信心しよってどうしてこんなことが起こったじゃろうか」といったようなことからなら生まれてこない。七ヵ月の間に兄弟三人、三つもの葬式をしなければならないようなことであっても、それは神様のご都合として、もう平にそのことを神様にすがり、願っての、その事柄、事柄のたんびんにです。私の信心は確かに飛躍した。弟の戦死、その公報を受けたその月から私は御本部参拝、月参りを始めておりますからね。ああいう中に。だからその時点のね受け方頂き方なんだ。
例えば、なら古賀さんが、明くる日お礼に出てきた。そりゃまあ取り敢えず。その翌々日には、いわゆる改まってのお礼、お詫び。信心しよってどうしてこんなことが起こったじゃろうかというのじゃなくてです。こういうことになるのも、私共の言わば運命を運命として受けなければならなかった。そういう大きな災難が掛かってくるような場合であっても、もっとましな信心をさせて頂いておったら、運命を変える程しの働きもおかげも下さることの出来れる神様なのだけれども、まあその時分の言うならば「信心も程々にしとかんなんばい」と人んでん言うごたるふうな時代の信心が、こういう結果になったとしてお詫びをしておる。そして、もう無一物の中から立ち上がらせてもらう、その後先の神様の働きを思うたら、や
はりお礼を申し上げなければおられないとして、御礼ということだった。その翌日の今頃。
今までより、給料は大したことはなかったが、専務取締役としての今度は言わば、一段と位が上がったという感じがするでしょう。私は信心さして頂いとってですね、ただ年をとれば信心の位が付くのではなくてです。長生きをしとればしとる程、その中に様々のことが起きてくる。その起きてくることの時点そのものをです。神様のご都合だと頂けれる程しの信心なんだ。そこに私は、期せずして、言うならば、中学から高校へ進むためには、一つの試験にパスしなければ、高校に上がることは出来ないように、見事に言うなら、古賀さんパスしたような感じですよね。それがもう掌を返すようなおかげになってきておるということなんです。
まあこれは余所ごとなんですけれども、余所ごととしてはならない、私共の日々の信心の稽古の一つの焦点というところを、その辺の所に置かせて頂いて、はあもうおかげを頂いて、自分の都合の良いようになることに超したことはないけれども、それではしかし本当のことではない。雨もある嵐もある。風もあるけれども、そこんところを、雨の時に濡れんで済むような、嵐の時は吹き下ろされんで済むような信心を頂いておくということはです。はあこれはもう神様の都合に違いはない。分からんけれど、やはり神様のご都合に違いはないと、また一段と信心を進めて行くといったようなところから、私は次のおかげの展開があると思うです。
今日の霊様の、言うならばおかげを受けておられる状態が言うならば、黄な水仙であるならばです。まあ紫水仙があるかどうかしらんけれど、言うなら次の十年祭の頃には本当に、紫水仙のおかげを
頂かれる程しの、一つ霊様に、霊の位も進まれ、安心の霊としてのおかげを頂いてもらわなければならない。ためには、後に残らせて頂いておる人たちの、遺族の者のこれからの信心が期待されるわけです。
これは私はまだ意味が分からなかったけれども、夏に鶏頭、鶏頭という花があるでしょ、真っ赤な、牡丹のように大きな丸い、あれをね丁度お花一杯分の、一杯分ぐらいだというのはね、新聞紙に包んで丁度お花の稽古に行く時のような格好で、それを新聞紙であるということを非常に印象的に頂いたんです。鶏頭ということは、これはもう大変な修行ということですよね。炎天に真っ赤に咲く、暑いときに咲く花ですあれは。それを新聞紙に包んであるという。
これは千恵子さんに言うならこれからかけられる神様の願いだと思うんです。まあこれは段々判ってきたと思うんですけどね。そういう意味での今日はまあ朝やら昼やら判らない。または夕方やら判らない。けれどもね、何とはなしにね、今日のお祭は丁度そういう白黒映画のような情景というね、情景に、夕方じゃろうか朝じゃろうか判らなかったけれども、鶏の声を聞いた気がしたです私は。
まだ日が出てない。今までは真っ暗い所を通ってきたけれども、これからは、ははあ日の出だなあ。そんな感じがするんです。どうぞ一つあの、信心に熱情をかけて、これからのおかげを頂いて、霊様もいよいよ喜びの霊、安心の霊として、また、千恵子さんたちの親子の上にも、そういうおかげの展開してくるような、一つおかげを頂いてもらわにゃならんと思うね。
どうぞ。